脳卒中になって、人生面白くなってきた

愛犬とリハビリして、再生医療受けて、MBAを取って、起業を目指している人の話

大学院生になってしまった18

 中間発表が終了し、私には素晴らしい出会いがあった。M病院、副理事長でリハビリ医である田中先生との出会いだ。

 私がYouTubeを見ていると、私と同じ考え方をされている医師がいた。衝撃的であった。私は医師にあまり良いイメージを持っていなかった為、こんなにも患者のことを考えている医師がいることに驚いた。YouTubeから見つけたInstagramにDMを送り、ゼミの中間発表のビデオを見てもらいたいと話した。もうほぼストーカー(笑)

 田中先生はビデオを見てくれ、協力を約束してくれた。そこから色々アドバイスを頂いた。また病院でのテストも約束してくれた。

大学院生になってしまった17

 伝手もないのに最初から、病院と組むビジネスプランを組んだ。正気の沙汰ではない(笑)内容は数少ない通院時間を、自宅で行う自主リハでカバーしようとした。自分がそうだった様に。自宅で行う為に何が必要か?そうだ動画だ。めちゃくちゃ単純。沢山動画を作っておいて、担当療法士さんにその患者に合うもの選んでもらって、患者が自宅でそれを見ながらリハビリ行う。おー俺ってすごくねー!と、当時は思った。後から今色々と知ると、似た様なサービスは沢山ある。ただ当時は知らない。これが土地勘がないということ。私はこの内容で、事業計画書を作った。

 ゼミでは半年目に中間発表があり、終了時に最終発表がある。私はこの計画で、中間発表に臨んだ。点数は良かった。ただお勉強と現実は違う。後日、私はそのことを痛感する。

大学院生になってしまった16

 世の中には自費リハというものがある。読んで字のごとく、社会保険を使わずに自費でリハビリを受けること。正直非常に高い。私も行きたかったが、高くて行けなかった。ただしここで注意が必要なのは、自費リハは決してぼったくりをしている訳ではない。適正な価格なのだ。普通に健康保険を使わずに病院でリハビリを受けたとすると、自費リハより気持ち高くなる。つまり病院でリハビリが安く受けられるのは、健康保険のおかげ。だったら自費でこの下をくぐってやろうと思った。相も変わらず単純(笑)

大学院生になってしまった15

 セミに入ってみると、優秀な方ばかりだった。もう笑っちゃうぐらいに。半年先輩が3名、同級生が1名の5名であったが、とても刺激的であった。

 私は色々考えた結果、リハビリに取り組むことにした。理由は簡単。自分が苦労したから。脳卒中になると、150~180日は医師が認めればめちゃくちゃリハビリができる。もちろん医師が認めるのが条件。私は猪八戒(入院当時の担当医)のおかげで、これすら満足に受けられなかったのだが。問題はその後。医療保険でも介護保険でも、満足するリハビリが中々受けられなくなる。細かい話は割愛するが、まぁ簡単に言ってしまうと「もうそれ以上の回復は難しいから、受容して今の身体で生きていきましょう」という感じ。冗談じゃない。1年前まで夜9時に思考停止していた人間が、大学院に入り、普通に仕事して、起業を目指している。

 限界は人が決めるものではない。自分で決めるもの。

大学院生になってしまった14

 私が入りたいゼミは1番人気。倍率がめちゃくちゃ高い。まぁあんまり深く考えてもしょうがないので、熱意を書きまくった。元から学位なんて興味がなかった。このゼミに入るために入学したのだ。第2希望に関しては、適当に書いて出した。ごめんなさい<m(__)m>まぁ後先考えないアホなので、許して下さい。

 私は晴れて第1希望のゼミに入ることができた。後からゼミの1名の先生に言われたことがある。あんな書き方されたら、入れないわけにはいかない。諦めなければ、対外のことは上手くいく。たとえ時間はかかったとしても。

大学院生になってしまった13

 2年生となり、ゼミを選択することとなった。修士論文など他の選択もあったが、起業しか考えていない私は「事業計画演習」を選択。更に私が入学を決意した、2名の先生が担当するゼミ以外入る気はなかった。「吉田・太齋ゼミ」。担任の吉田先生は、代表取締役として有名企業を上場させている。それ以外にも華々しい経歴をお持ちで、起業家支援なども行なっている。太齋先生は信用金庫出身で、金融のプロ中のプロ。SBIでは1番授業科目をお持ちで、私も様々なことを教えて頂いた。更に様々な企業で、講師活動も行っている。

 ゼミは少数制の為、必ず希望に入れる訳ではない。志望動機を書き、第2希望まで提出する。第2希望が外れると、後はどこに行くかは分からない。

大学院生になってしまった12

 毎日勉強漬けの日々を送っていた。学校はオンラインとeラーニングが中心であったが、対面授業も行われた。色々な仲間ができ、自分の知らない世界を学んだ。結局人間は1人では生きられない。この頃には多少徹夜をしても、何とか踏ん張れる程に体力は回復していた。ただ朝のリハビリと散歩は、欠かさず行っていた。自分の身体に、過信だけはしない様にしていた。

 1年生も終盤にかかった2019年12月、中国で良く分からない流行り病が発生した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。この当時は病気1つで、世の中がこんなにも変わるとは思ってもいなかった。